リスクアセスメントは、危険や脅威、有害性(リスク)を評価(アセスメント)することです。手法としての名称では、この評価結果をもとに対策を検討して、再評価・実施をするまでが含まれます。
建設業や工場などの製造業では、ケガなどのリスクがわかりやすく存在しているため、広く実施されています。ただ、このリスクは、単にケガや病気などに対するものだけではなく、情報セキュリティ上の脅威などもあり、この手法を用いることが出来ます。
労働安全衛生法では、事業者(会社)にリスクアセスメントの対応を義務付けています(安衛法第28条の2 事業者の行うべき調査等)。法律上、明確にリスクアセスメントという言葉は出てきませんが、「危険性又は有害性等の調査」として記載されています。特に化学物質に関しては、リスクが見えにくいこともあり、SDS(セーフティデータシート)などをもとに実施することが義務付けられ話題になりました。
厚生労働省の通達で基発第0310001号 危険性又は有害性等の調査等に関する指針が出されていますので一読しておきましょう。
リスクアセスメントの手順
書籍等によって若干表現は変わりますが、手順は以下の通りです。
- テーマ(対象の作業や工事)を選定する
- 危険性又は有害性を特定する
- 危険性又は有害性を評価する
- 優先順位の高いものから対策を検討する
- 検討された対策の効果を評価する
- 危険性又は有害性とともに対策等について記録する
- 対策を実施する
リスクアセスメントとKYの違い
安全に関する手法として有名なのがKY(危険予知)です。KYT(危険予知トレーニング)やKYK(危険予知活動)と呼ばれることもあります。最近では、RAKY(リスクアセスメント危険予知)という言葉も出てきています。
では、リスクアセスメントとKYの違いは何でしょうか。
この質問を施工会社の店社の安全衛生の責任者にしても、なかなか答えが返ってきません。
違いはとても単純です。目的が大きく異なります。
リスクアセスメントは、対策を講じることが目的ですが、KYは、そのリスクアセスメントの結果、残ってしまったリスクを作業班、作業員で認識してケガや病気にならないように対応方法を確認しあうことが目的です。
また、実施するタイミングも異なります。リスクアセスメントは、対策の準備が必要なので、作業当日では意味を成しませんが、KYは、作業前に実施することで効果がでます。KYを事前にやっても良いのですが、それなら、「気を付ける」以外の対策を講じる方がより安全になります。
具体的な方法
リスクアセスメントは、情報セキュリティに関しても応用できる手法ですが、安全衛生の分野でそれぞれの手順の注意点を説明します。
人を集める
リスクアセスメントは、複数人で実施するのを推奨します。作業を様々な視点から考える必要があり、一人で実施をすると人によっては、かなり多くの視点でリスクを考えることが出来ますが、完ぺきな人はいません。
構成は、決められたものはありませんが、対象の作業を理解している必要があるのはお判りいただけると思います。ただ、個人の持つ経験や知識などが偏ったチームになると新たな発見もなく、淡々と「そりゃそうだよね。」というような対策にしかなりません。ということは、改善ではなく、これまでの知識をただ確認しあっただけになり、大切な時間が無駄になってしまいます。とはいえ、限られた人員の中から選任する場合は、なかなか集められないかもしれません。その場合は、参加者にリスクアセスメントの目的を理解してもらい、対象の作業等をフラットにみるように心がけてもらうようにしましょう。
テーマ(対象の作業や工事)を選定する
やみくもに思いついたものを評価するのは現実的ではありませんし、非常に時間を浪費します。そのため、テーマ(対象の作業や工事)を決めます。
その際、テーマを大きくすると、その分、リスクも多くなり、漏れも出やすくなります。反対に動作レベルまで分解して実施するとリスクは、非常に限定的になりますが、実施する回数が、異常に多くなります。テーマを選ぶ際には、ある程度絞るとうまくいきます。
仕事では、作業手順があると思いますが、その手順毎が検討するにはちょうど良いと言えます。業種によって、作業手順は密度が異なりますが、一つの単位を参加者で共有でき、作業自体も想像しやすいのでお勧めです。
危険性又は有害性を特定する
次に危険性又は有害性を特定します。作業に当たって、どんな危険性や有害性があるかを列挙していきます。
危険源に人などが接することでリスクが発生します。ここで危険源とは、文字通り、危険の源です。リスクアセスメントのテキストなどではよくライオンと人間でこの危険源とリスクとの関係を説明しています。目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
ライオン(危険源)に人が接近することで命を落とす結果(リスク)になる可能性が出てきます。
なかなか、身の回りにライオンが自由にしている経験は出来ないので、具体的に10mの足場に上がることで考えてみましょう。
この場合の危険源は、高さです。そこに上がることで何らかのリスクが発生します。
高い足場があっても上がらなければ、落ちることもありませんので、リスクはなくなります。
次にリスクを考えましょう。
リスクを特定してくださいとお願いすると、
「足場から落ちてケガをする。」
のようなことをおっしゃる方がかなり多くいます。
ただこれでは、十分ではありません。なぜでしょうか?
単に「ケガ」と言っても、程度が大きく異なります。かすり傷と骨折とでは、リスクの程度は大きく変わります。障害が残ってしまうかもしれないほどの状態でも、ケガと表現できてしまいます。ですので、危険性又は有害性を特定するときは、その程度までわかる表現で記録していきましょう。
いきなり、「さぁ!リスクをあげましょう!」と言われても、なかなか出てこないことが多くあります。そのため、火、水、電気、転倒、墜落、埃、挟まれなどのキーワードをいくつかの決めておくと出てきやすくなります。対象の作業によっては関係無いものもありますが、この一手間で効率が大きく上がるのでお勧めします。
危険性又は有害性を評価する
前の手順で上げたリスク(危険性又は有害性)を評価していきます。この手順では、対策を講じるべきリスクの優先順位を決めていきます。
評価には、①リスクの重大性、②危険源が発生する頻度又は危険源に人が接近する頻度、③危険源に接近したときに想定したリスクに至る可能性の3つを考えます。
先ほどのケガの程度は、①の重大性の評価に大きく影響します。
特定したリスクをこの3つの要素に分けて評価をして、その次に評価を元にリスクの程度を決めますが、この決め方は様々なパターンがあります。
例えば、重大性、頻度、可能性をそれぞれ5段階で評価して、その数字を掛け合わせた数値を元に順位付けをします。ただ、単に数値で羅列してしまうとどこまでを優先的に考えるべきかが判り難くなることがあるため、リスクレベルという考え方が用いられます。例えば、○点~△点はレベルⅠ、△点~□点はレベルⅡ、□点~☆点はレベルⅢなどとして、レベルⅢは優先的に対策を講じると決めておくと、ひとまず、レベルⅢの項目すべての対策は検討・実施しようと考えることが出来ます。
上記は掛け合わせていますが、他の例ではすべてを足した点数にしたり、独自の計算式を決めたりするなど、組織ごとに実情を踏まえて決めます。
また、頻度を考えるのを省いてしまい、重大性と可能性だけでそれぞれを数段階で評価するケースもあります。
上記のように計算式で評価する方法の他には、
各要素を○、△、✕などで評価して、それぞれを下のような表に当てはめて、レベルを決める方法もあります。
○ | △ | □ | |
○ | A | A | B |
△ | A | B | C |
□ | B | C | D |
評価の方法は、これでなくてはいけないというものは無く、自由です。各組織の事情に合わせてマニュアルなどで事前に決めておきましょう。
優先順位の高いものから対策を検討する
次に前の手順で決めた優先順位を元にそれぞれの対策を検討していきます。
リスクアセスメントでは、以下の4つの観点から対策を検討します。
- 本質的対策
- 工学的対策
- 管理的対策
- 個人用保護具の使用
本質的対策は、足場の例では、足場に上らないで出来る作業方法に変更するなど危険源そのものを取り去るなどしてリスクが存在しない状態にすることを言います。ライオンの例では、ライオンを猫に代えてしまう対策が本質的対策です。
工学的対策は、足場の周りに手すりや、足元の隙間を塞ぐなど、物理的な対策を講じる対策を言います。これも、ライオンの例では、ライオンの周りに檻を設置したり、何かに繋ぐことが工学的対策です。
管理的対策は、足場上での作業方法を教育したり、足場に上がる際のルールを決めたりして、行動をコントロールする対策を言います。ライオンの例では、近づかないように接近しても良い範囲を決めたり、ライオンの危険性を教育するなどが管理的対策です。
個人用保護具の使用は、判りやすいですね。安全帯やヘルメットを使用するなど、作業者が身につけて体を守る対策です。
対策の効果が高いのは、本質的対策で、次に工学的対策、管理的対策と続きます。
この対策は、リスクを低減するために行いますが、個人用保護具の使用は、すでに体に迫ってきてしまい、安全とは言えないため、この対策では、リスクの再評価の際には低減を行いません。それ以外の方法で対策を検討してください。
実際にリスクアセスメントの演習を行うと個人用保護具の使用を対策として上げて堂々とリスクを平気で大幅に低減する方がいますが、NGです。
簡単な工夫で対策が出来るのであれば良いのですが、費用や時間が掛かるものも多くあります。実施メンバーに決裁権を持った人を入れたり、権限を与えるなどすると対策の検討・決定から実施までがスムーズです。
検討された対策の効果を評価する
前の手順で対策を検討しましたが、それをいきなり実施できるでしょうか。
費用や時間が掛かることもあるのに効果がない対策を講じても意味がなく、場合によっては逆効果の可能性もあります。そこで、対策を講じることで効果があるかどうかを再評価して、リスクの低減効果を確認します。
ひとつのリスクに対して複数の対策を考えた場合は、複合的に行う想定で再評価をすべきですが、評価の方法は、最初の評価と同様に事前に決めておきましょう。
個別に評価をして単純に重ね合わせたり、同時に講じた場合で評価する方法も考えられますので工夫をしてみてください。
危険性又は有害性とともに対策等について記録する
個人的には、わざわざ手順として書くことか?と思います。これまでの手順を実施する際に記録をしておかないと進められませんから、その記録は残しておきましょう。評価のプロセスや、考え方などが蓄積されることで、以後に行うリスクアセスメントの役に立ちます。
最近ではデジタル化も進んでいるため、場所は取らないで保管しておくこともしやすくなりました。ボツになった対策も他のリスクの対策のヒントになるなどの効果も考えられるため、そういった情報も残しておきましょう。
対策を講じる
これまでの手順で決めた対策を講じて、安全で衛生的な作業を実現しましょう。
この対策は、それぞれの会社のノウハウになるので、しっかり取り組んでください。
リスクアセスメントを実施する
これまで説明してきた通り、リスクアセスメントを行うのは、結構な手間です。
これをありとあらゆることに対して行うとなると想像を絶する手間になります。
工場などの生産現場では日々同じ作業を繰り返すことが多いため、一度しっかり実施していれば、その後は、作業方法が変わったり、新しい材料などを使用し始めたり、などの”変化”をきっかけに行えば足ります。工事でこれを行う場合、簡単な修繕工事であれば、工種も作業も限られているため、比較的実施しやすいと思いますが、少し規模が大きくなり、職種が増えると急に厳しくなります。各職種では行う作業自体は同じかもしれませんが、実施する環境が異なるため、毎回、条件を確認し、最初から実施するため、相当な手間です。そこで、基本的な考え方を事前にある程度決めておくという方法があります。この決めておいたものをリスクデータベースと言います。現場の環境をある程度想定して、事前に実施しておけば、それに当てはまる場合は、そこで検討された対策を講じることが可能になります。記録を作成する効果もここにあります。最初から作業手順書に反映しておくことも可能になり、さらに対応するリスクの範囲を広げられます。
さいごに
昔、ある講習で工場の管理をされている方と建設会社の担当の方と数人で話していたのですが、
建設会社の方が、
「建設業界は毎日リスクアセスメントをしていて大変ですよ。」
と発言されていて、ほかの方が非常に驚いていたのを覚えています。当然です。本当のリスクアセスメントは、相当気合を入れてやらないと大変な営みにもかかわらず、毎日それを行うというのは、衝撃だったと思います。リスクアセスメントKYをリスクアセスメントと勘違いしての発言だったのですが、両方の事情を知っているので、構図を説明して、少し業界によって安全衛生管理の手法が異なることを説明しました。
手法ではありますが、日常生活でも頭の中でにたようなことはしているのではないでしょうか?
例えば、キッチン周りに不便なところがあると、最初にその不便を受け入れるかどうか(評価)。我慢が出来なければ、改善するのに何かを買い足すのか、改造するのか(対策の検討、再評価)。買ってきたものを取り付ける(対策の実施)。
仰々しく書いてきましたが、普段、頭の中でやっていることを組織で安全衛生に関して行うことを想定して整理しただけですので、まずは、挑戦してみましょう。
困ったら、中央労働災害防止協会などの団体や労働安全コンサルタント、労働衛生コンサルタントに質問したり、各種団体が行っている講習会に参加しても、演習を交えて教えてもらえます。
土日祝日と夜間の労働安全コンサルタント事務所の私にご相談いただいても対応は可能ですが、営業時間が特殊ですのでご注意ください。